ここまでブログを放置してちゃいけない。
今年は書くつもりです。
よろしくお願いします。
2016年1月6日水曜日
2014年8月5日火曜日
愛知県美術館の写真展
美術館に向かうオアシス21でコスプレの大きなイベント開催中でわけのわからない格好の女子や男子がいっぱい。ものすごいことになっておりました…。
「これからの…」の方は、スタートから畠山直哉の「Blast」シリーズの展示でもう興奮状態!作家の好き嫌いはありましたが、刺激を受けてきました。
「日本の写真史…」は各写真家の作品は一点づつでもっと見たい気持ちでした。どこかで必ず目にしたことのある作品のオリジナルプリントは感動でした!
大好きな安井仲治のプリントは久しぶり。森山大道のあの犬の写真もありました。木之下晃のピアニストの写真は一度オリジナルで見たかったもの。上田義彦に大辻清司、牛腸茂雄、鈴木清、高梨豊、鬼海弘雄…好きな写真家のプリントがいっぱいで楽しんできました。
2014年7月2日水曜日
姑息にフルサイズ(2)
あやしいアダプター(レデューサレンズ付き)によるフルサイズ(相当)テスト。
NikkorAuto35mmF2.8を取り付けてのテスト散歩。絞りは5.6(だったと思う)。
レンズを絞ってもNEX5Nの液晶には明るく表示されます。ピーキング表示を組み合わせれば、ピントも取りやすい。
ただ、古いレンズのせいなのか、このアダプターのせいなのか周辺はなんだかピリッとしませんね。望遠系のレンズでもテストしなきゃいけないのかな。もう少し新しいやつで。
夜のアーケード。暗いところでも、先の理由でピントはとりやすいです。ISO感度上げれば夜も平気ね。
2014年6月25日水曜日
姑息にフルサイズ(1)
そもそもはこんなものを見つけたのが事の始まりです。
ソニーのNEXシリーズにニコンのレンズを着けてしまうというアダプター。
ソニーのNEXは薄型のコンパクトなボディにAPS-CサイズのCMOSというミラーレス一眼。もちろんフランジバックが短いのでおおよそどんなレンズでもアダプターを介せば着いてしまいます。その上、その隙間を利用するように縮小光学系なるレンズ群を内蔵してしまっているのがこのアダプター。
普通にレンズを着ければAPSサイズのCMOSなんで、焦点距離はフルサイズの1.5倍相当になるんですが、この縮小光学系がそれを0.72倍してくれるので、いろいろ掛け算するとほぼフルサイズの画角で撮影出来てしまうんですね。
面白いじゃないですか!
というわけで、NEXはなかったのですが(NEX5Nの中古価格がすごく魅力的なことも相まって)アダプターを注文するに至りました。
なかなかちゃんとした作りです。
着けたレンズのフルサイズ時の画角とは若干違ってはいますが、さほど気になることはありません。
このアダプターはGタイプの絞りリングがないものにも対応しているので(アダプターに絞りを動かすリングあり)、Ai以前の古いレンズから、Aiのもの、AFのもの、GタイプまでFマウントならば使うことが出来る(すべてではないと書かれてはいるけど)わけです。これは画期的かもです。
実際手持ちのレンズをひと通り着けてみましたが、オート55mmF1.2とオート35mmF1.4(どちらもAi改)は装着できませんでした。これは一番使いたかったレンズでしたので残念です。
まあひとまず、しばらくはカメラに慣れるということも含めて、テストしてみたいと思います。
ソニーのNEXシリーズにニコンのレンズを着けてしまうというアダプター。
ソニーのNEXは薄型のコンパクトなボディにAPS-CサイズのCMOSというミラーレス一眼。もちろんフランジバックが短いのでおおよそどんなレンズでもアダプターを介せば着いてしまいます。その上、その隙間を利用するように縮小光学系なるレンズ群を内蔵してしまっているのがこのアダプター。
普通にレンズを着ければAPSサイズのCMOSなんで、焦点距離はフルサイズの1.5倍相当になるんですが、この縮小光学系がそれを0.72倍してくれるので、いろいろ掛け算するとほぼフルサイズの画角で撮影出来てしまうんですね。
面白いじゃないですか!
というわけで、NEXはなかったのですが(NEX5Nの中古価格がすごく魅力的なことも相まって)アダプターを注文するに至りました。
なかなかちゃんとした作りです。
着けたレンズのフルサイズ時の画角とは若干違ってはいますが、さほど気になることはありません。
このアダプターはGタイプの絞りリングがないものにも対応しているので(アダプターに絞りを動かすリングあり)、Ai以前の古いレンズから、Aiのもの、AFのもの、GタイプまでFマウントならば使うことが出来る(すべてではないと書かれてはいるけど)わけです。これは画期的かもです。
実際手持ちのレンズをひと通り着けてみましたが、オート55mmF1.2とオート35mmF1.4(どちらもAi改)は装着できませんでした。これは一番使いたかったレンズでしたので残念です。
まあひとまず、しばらくはカメラに慣れるということも含めて、テストしてみたいと思います。
2014年5月14日水曜日
BLOWUP撮影会
先週日曜、BLOWUPの72回撮影会に参加してきました。
今回のモデルは小塩紗弥子さん(セントラル・ジャパン)、場所は愛知県緑化センターです。
今まで、あまり積極的にスピードライトを使うことはなかったのですが、ここまで簡単に「オフカメラストロボ」撮影ができるなら今後ももっと使っていきたいと思いました!
写真の出来ですがここに掲載していない「いいやつ」は写真展などで公開しますということで、お楽しみに!
◎今回のお道具
今回のモデルは小塩紗弥子さん(セントラル・ジャパン)、場所は愛知県緑化センターです。
![]() |
| モデルの小塩さん |
今回のテーマはスピードライトです。
またまたのスピードライト、つまりはストロボですが、さすがに屋外ですのでモノブロックを持ち出せないわけで、NikonF4に合わせて当時買ったSB-24が久しぶりの登場です。先日買ったメーカーのストロボ用ケーブルよりも安い中国製ワイヤレスリモートフラッシュトリガーを付けて、三脚に固定、離れた場所から自在にストロボ発光をテストです。
この格安リモートトリガーですがもちろんTTLやオート機能は使えず、純粋に光らせるだけが機能ですが、これがなかなか便利でした。
![]() |
| こんな感じで撮影。 |
もうひとつ今回の初登場は「PENTAX67のレンズをNikonのボディに付けるアダプター」。基本ニコンを使っていますが、中判はPENTAXかMamiyaなわけで、レンズがいろいろかさばっていました。そこでNikonの望遠レンズ部分はPENTAXのレンズを共用してしまおうというわけです。その目論見はまあまあの成果。上のモデルさんはNikonD200に67用の300ミリを着けたもの。問題は最近衰えを感じる視力の方でした‥‥。
今まで、あまり積極的にスピードライトを使うことはなかったのですが、ここまで簡単に「オフカメラストロボ」撮影ができるなら今後ももっと使っていきたいと思いました!
写真の出来ですがここに掲載していない「いいやつ」は写真展などで公開しますということで、お楽しみに!
◎今回のお道具
2014年5月13日火曜日
2014年5月4日日曜日
荒木経惟「往生写集」豊田市美術館
豊田市美術館で開催中の荒木経惟「往生写集」を見てきました(6月29日まで)。
なかなかの量と豊田市美術館独特のスペース感の中での展示を楽しんできました。
荒木氏の写真家としての歩みにあわせて展示が始まっていきます(ということは「さっちん」のシリーズからスタート)。個人的にはあの「ゼロックス写真帳」の実物が見られた(ちょっとだけだけれど)のが新鮮でした。「センチメンタルな旅」のシリーズの展示、壁にはあの私写真宣言が大きく掲げられていました。
その後は、過激だった「猥褻」な時代はパスされて(公共の美術館なので仕方ないのかなあ)陽子夫人の死、人物の肖像や東京のスナップなどのシリーズなどを経て、2階のスペースへ。
2階に移ると、時間軸は前後しながら自宅のベランダからの定点観測的な大きなプリントが並べられたり、愛猫の(死の)シリーズ、母子像など さまざまな作品が続きます。
荒木経惟というあまりに有名な作家の歴史と作品群。夫人の死、愛猫の死、自身の闘病など、作品を見つつもその時その時の写真家個人の出来事がリンクしてきて、作品のみを写真家から切り離して読み解いていくというのが出来ないまま鑑賞を終えました。
これが写真家自身が宣言し追い求めてきた「私写真」なのだということをまざまざと見せつけられた写真展でした。
なかなかの量と豊田市美術館独特のスペース感の中での展示を楽しんできました。
荒木氏の写真家としての歩みにあわせて展示が始まっていきます(ということは「さっちん」のシリーズからスタート)。個人的にはあの「ゼロックス写真帳」の実物が見られた(ちょっとだけだけれど)のが新鮮でした。「センチメンタルな旅」のシリーズの展示、壁にはあの私写真宣言が大きく掲げられていました。
その後は、過激だった「猥褻」な時代はパスされて(公共の美術館なので仕方ないのかなあ)陽子夫人の死、人物の肖像や東京のスナップなどのシリーズなどを経て、2階のスペースへ。
2階に移ると、時間軸は前後しながら自宅のベランダからの定点観測的な大きなプリントが並べられたり、愛猫の(死の)シリーズ、母子像など さまざまな作品が続きます。
荒木経惟というあまりに有名な作家の歴史と作品群。夫人の死、愛猫の死、自身の闘病など、作品を見つつもその時その時の写真家個人の出来事がリンクしてきて、作品のみを写真家から切り離して読み解いていくというのが出来ないまま鑑賞を終えました。
これが写真家自身が宣言し追い求めてきた「私写真」なのだということをまざまざと見せつけられた写真展でした。
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